一ノ瀬くんのリアル 2

「宮田先生です。男子バスケ部のコーチをしてくれることになりました。君らの先輩ですよ」

顧問であるおじいちゃん先生が宮田を紹介する。目の前にはバスケ部の面々。身長はまちまちだが、171cmの宮田より明らかに高身長の者が多い。

――いいよなあ、身長がある奴は。

「先生、挨拶してください」

「あ、はい」

ひそかに嘆息していた宮田は、脇をつつかれ慌てて前に出た。

「宮田です。担当は社会科、倫理や哲学が専門だけど、勉強よりバスケが出来るのが嬉しいんだ。大学でもバスケをやっていたから、まだ君らには負けないと思うぞ。よろしく頼む」

「しゃーす!」

さすが運動部、という大きな声。この雰囲気は宮田が現役の頃と何も変わらない。宮田の胸に懐かしさがこみ上げる。

「女子バスケ部と一緒にやる事もありますが、基本的には男子は男子で練習することが多いね。今までは私も指導をしていたけれど、これからは若い宮田くんに任せますよ」

おじいちゃん先生――本当は岡本というのだが、宮田が高校の頃も、そして今も、生徒には親しみをこめてそう呼ばれている――が、にっこり笑って宮田の肩を叩いた。宮田は指導を専門に勉強したことはない。プレッシャーを感じはしたが、高校生のチームを育てるという仕事には大きなやり甲斐を感じていた。

「じゃあまず、実力を見せてもらおうかな」

一通りの自己紹介と軽い準備運動の後、いつもの練習をしてもらう。三年が八人、二年が五人、一年が十二人。なかなかの大所帯である。宮田はおじいちゃん先生に教えてもらいながら、有力選手を中心に名前と顔、プレイを覚えていった。

――休憩タイム。

男子と女子、それぞれの生徒たちは水を飲んだり、息を切らして座り込んだりしている。女子バスケ部の一人が声をかけ、生徒たちの視線が宮田に集まる。

「先生って若いんですよね〜。いくつなんですかあ?」

「今年で二十三だよ」

「え〜! ほんとに?」

「うちらとそんなに変わらないじゃん!」

「そりゃそうだ、三月までは大学生だったんだからな」

男子も女子も驚きの声を上げる。先生という存在は実際よりも年上に見えるものだ。宮田自身もそうだったと数年前を振り返る。赴任してから知った実年齢には驚かされたものだ。

「じゃあじゃあ〜、彼女とか、いるんですか?」

女子生徒がきゃあきゃあと騒ぐ。この手の質問は絶対来ると予想していた宮田は落ち着き払って答えた。

「いや、いないよ。もてるタイプじゃないしな」

「うっそぉ!」

「割と格好いいのにねー」

「割とかよ」

冗談めかして大げさな仕草を見せる宮田。生徒たちからどっと笑いが起きる。

「カノジョ、立候補しよっかなー」

「えっ、ずるい〜! 私も〜!」

「うっそ、じゃあ私も!」

最初に質問した女生徒が言うと、勢いづいたのか、何人かの女子が続けざまに手を挙げる。男子たちはつまらなそうな顔だ。宮田は嬉しいような、困ったような、複雑な表情である。

――こういうのも教師の特権かな。とはいえ……。

「生徒に手は出せないよ」

「やだ先生、冗談ですよ!」

「あ、そう?」

「もお、とぼけちゃって〜」

女生徒がばしばし背中を叩く。馴れ馴れしいとも言える態度だが、若い先生というものは友達感覚なのかもしれない。嫌われるよりはいいか、と思う。

「大学でもバスケやってたんですよね」

明るい雰囲気を破るように、男子バスケ部の三年が言う。点を取る役であるフォワードで、勝ち気な性格らしい。宮田が頷くと、探るような目つきでさらに聞いた。

「強かったんですか?」

「それはどうかな」

宮田は笑ってかわそうとしたが、みなの真剣な視線が寄せられる。信頼するに足るコーチかどうか、試されているのだろう。――先に実力を示しておくのもいいかもしれない。

「一番上手なガードは誰だ?」

「え?」

「そりゃ、やっぱ田村さんじゃん?」

「そうだな、田村だな」

「よし、じゃあ田村」

「ういーっす」

三年の田村がのんびりとした様子で立ち上がる。背はさほど高くない。練習を見ている限りでは選手たちへの指示も素早く、正確だった。動きもいい。みんなの信頼もあるようだ。

「俺と一対一、やろう」

「いいっすよお」

軽い調子で言うと、田村はボールを持って立ち上がる。やる気はあるらしい。宮田は田村に続いてコートに入り、構えた。パスされたボールを、ゆっくりドリブルする。

「じゃ、いくぞ。いいか?」

「先生、カモン」

それからの数分間、宮田の思考は停止した。バスケをやるといつもそうなる。頭で考えるより先に体が動く。数限りなく重ねてきた練習が、体を動かす。身長もそんなに高くない。パワーもない。そんな宮田の武器はスピードだった。瞬発力とダッシュ、そして安定したシュート。派手なプレイは出来ないが、大学でも選手を続けていたのだ。高校生レベルに負けることはまずない。

三本連続でゴールを決めると、一瞬の静寂の後、大きな歓声が上がった。田村は唖然とした顔で口を開けている。

「……マジ、かよ」

「すげえ! すげえっす!」

生徒たちが騒ぐ。女生徒たちも黄色い声を上げた。どうやら宮田は面目を保ったようだ。

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