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金曜日は部活がない。用事もない。天気も良い。
――買い物でもして帰ろうか……。
俺はまだ授業が終わる前から窓の外を眺めてそんな事を考えていた。漢文を読む先生の声が遠く、子守唄のように響いている。その内容も掴めないまま、授業終了のチャイムが鳴るまで、俺は頬杖をしていた。
「一ノ瀬!」
急にざわめきだした教室の中、いまだぼーっとしていた俺に声をかけたのは、クラスでも部活でも仲の良い木内。
「お前さ、今日なんかある?」
「別に……CD探しに行こうかと思ってたくらいだけど」
「パイルド……なんとかだっけ。ホントに好きだなー、それ」
「それとか言うな。ジャイル=ドライブ! 最高なんだぞ。一回聴けって」
「俺、洋楽もロックも興味ねーもん。それよかさ、佐藤んち行かね?」
むきになった俺の言葉を木内は軽く流した。ちっ、木内のやつ。
佐藤っていうと二人いるが、木内が仲良いのは佑介か? サッカー部で、俺とはクラスも部活も違う。顔見知りではあるけど、友人というほどじゃない。木内とは内部上がりということで何かつながりがあるのかもしれないけど。
「なんで俺が佐藤んとこ行くんだよ」
「それがさ、あいつのにーちゃん、バスケ好きなんだって。NBAのビデオとかすげえ持ってるらしいぜ」
「マジ?」
「見せてくれるんだって。行くっしょ!」
「行く行く!」
鞄を手に、急いで立ち上がる。クラスの女子が「掃除当番!」と叫ぶ声には聞こえない振りで対抗。ドアをすり抜けるように佐藤のクラスへと向かった。
佐藤の家までは一時間ほど。家に着くと佐藤の兄である慶介が出てきて、ビデオを持ち出してきた。早速、佑介も交えて名プレイヤーたちの妙技に見入る。普段はサッカーばかりの佑介も、初めてちゃんと見る本場のプレイに感動しているようだ。
「すげえなあ。人間じゃねえわ、こいつら」
「だろ? だから佑介も見ろって言ったのによ」
「兄貴がしつこいから余計嫌だったんだよ」
佑介と兄の慶介は三つ違いで、しょっちゅう喧嘩もするようだが、まあ仲の良い範囲のことだろう。のしかかる兄を両腕で押し返し、佑介は舌を出して見せている。
「ケースケさん、しつこいのは良くないっすよ」
木内は慶介とも面識があるようだ。前にもこの家に来たことがあると電車の中で聞いた。
「しつこいと女の子にもてないっすよ? なあ、一ノ瀬」
「急に振るなよ」
俺は頭をかいて言及を避ける。
「一ノ瀬はもてる系じゃん」
佑介がにやにやと笑っている。この言葉は今までに何度か言われたことがあるが、こういう場合、肯定しようが否定しようがどつかれることに決まっている。俺は実際、女子に人気があるらしい。
「俺、あんまし興味ないんだよ」
片手を振って否定を示す。
「へえ、そうなんだ? 彼女とかは?」
「彼女なんて作ってる暇ないっすよ。部活で忙しいもん」
「好きな子くらいいねえの?」
「いやあ……」
「自分で気づいてないだけで、実はもういるのかもよ?」
俺は慶介の言葉の意味が理解できず、首をかしげた。
「いつも見ちゃうコとか、いない? つい目が行っちゃう、みたいなさ」
そう言われて、再度首をひねる。いつも見ている……?
部活中のことを思い出してみる。男女のバスケ部員とバレー部員が入り乱れている体育館の中。練習をしている間はそれこそバスケのことしか考えていないし、バスケ部員の連中しか目に入っていない。けれど、休憩中にいつも見ているのは……。
――って、宮田先生は違うじゃん。
自嘲して嘆息する。尊敬するプレイヤーで、憧れの先輩でもある宮田先生は新任の社会科教師だ。赴任してすぐ、バスケ部のコーチに就任した。というのも、先生が一ノ瀬たちの高校の卒業生で、ずっとバスケ部員だったから。先生が高校三年だった時、俺はそのプレイを偶然見た。そして、それに憧れてバスケを始めたんだ。
――目標っていうか、俺もああいう風なプレイヤーになりてえなって思ってるからつい見ちゃうんだよなあ。
不思議に思って首を振っていると、慶介が重ねて聞いてくる。
「誰かいたのかよ? 可愛い子?」
「いや! 違いますよ! そういうんじゃ……」
「おおっ?」
嬉しそうな顔で身を乗り出す木内と佑介。
「違うって! そういうんじゃないっての!」
「おいおい一ノ瀬、顔が赤いぞ?」
「間違いねえ、恋をしている目だ!」
「下らねえこと言ってんじゃねえよ」
両手を振り回しても、他の三人はにやにやと笑うばかりだ。
「てめえら、その顔やめろーっ!」
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