一ノ瀬くんのリアル 番外編2

夜、大抵は自分の部屋で雑誌を読む。ジャイルドライブのCDをかけて、でかいイヤフォンで聞くのが好きだ。でも今日はちょっと静かな感じがいいと思って、音なし。ベッドに寝転がってバスケ雑誌を開けた。けど、いつまで経っても次のページがめくれない。雑誌に視線を落としてはいるが、記事を読んでいるわけじゃなかった。

頭の中には一人のバスケ選手。

その人は、コートを走る。パスを受け取り、相手ディフェンスをかわすために素早くフェイクを入れ、再び走り出す。誰も追い付けない。ゴール下で素早く止まり、後ろからブロックされるのを見もせずにかわし、華麗なゴールを決める。

――だから、違うだろっての。

俺は頭を振って宮田先生の姿を消した。佐藤の兄、慶介が言った言葉が思い返される。

「部活もいいけど、彼女の一人くらい作れよ。青春しとけ!」

――そうだよな。うん。

あらためて考えてみると、クラスの女子といってもあまり付き合いはない。授業中も寝てること多いし、放課後はすぐ部活だし。青春かあ。彼女作るのもいいかもな。可愛いと言われているのは幾人かいるが、自分の好みのタイプというと、大町園子が一番のような気がした。結構人気もある子だ。彼氏とかはいるのだろうか。

――声かけてみよっかな。

「なあ」

振り返った大町は小柄で、大きな目が印象的な子だった。割と色が白くて、髪は染めているのかもしれないけど自然な茶色が肌の色と合っているように思える。遊んでいるタイプでもないが、優等生タイプでもない。まあ普通の女子高生だ。でも外見的には結構好み。それほどよくしゃべる相手ってわけでもないけど、クラスで見かける様子からは高感度高めだ。

「な、なに? 急に」

あまり話したことがない俺が急に声をかけたことが、大町を驚かせているのかもしれない。ちょっとおどおどしたような様子。でもとりあえず声かけちゃったからにはしょうがない。そのまま勢いで続ける。

「いやさ、大町って雑貨とか、好きだったりしねえ? なんかいつも色々持ってるしさ、他の女子とかとそういう話してるっぽいから」

「え、うんまあ……」

「そーゆーのって、どことかで買うの? 従妹がいるんだけど、今度誕生日でさ。なんか可愛いの買って送ってやろうかと思って」

これは嘘じゃあないけど、従妹がそういうのが趣味だとは聞いた事がない。しかも誕生日にプレゼント贈るなんてしたこともない。ま、いいだろ。きっかけになれば、なんでも。

「一人で行くの、ちょい恥ずかしいからさ。もし暇だったら一緒に行ってくれねえ?」

「うん、いいよ」

素っ気ない言い方だけど、それとなく嬉しそうに見える。第一段階はとりあえず成功かな?

放課後、大町が勧めてくれた雑貨や文房具の店をいくつか回り、一緒に買い物をした。帰りにファーストフードに寄り、しばらくおしゃべり。で、最後に言ってみた。失敗覚悟で。

「今日、ありがとな。実は口実だったんだけど」

「口実って?」

「大町と、一緒にいたかったんだ」

「え? やだ、一ノ瀬くんてば……」

「俺、大町のこと、好きなんだ。俺のこと嫌いじゃなかったら、付き合ってくれないかな……や、付き合ってよ」

大町は予想もしていなかったらしい。「え〜」とか「私?」とか、途切れがちに言葉を発している。

「俺のこと、嫌い? ならそう言っていいよ」

「そんな! 嫌いなんてことないよ、ただちょっとびっくりして」

「急に言ってごめんな」

「ううん、そうじゃないの。だって、一ノ瀬くんって格好良いし、クラスでももてるじゃない? そんな人が私を好きなんて……」

「俺、そんな格好良くないよ」

「格好良いよ……」

顔を赤くしてうつむくのが可愛い。

「俺と付き合って! ね!」

腕組みを机に乗せて身を乗り出すと、大町は嬉しそうにうなずいた。よっし、これで俺も彼女持ちだ!

付き合ってすぐに園子と呼ぶようになり、向こうも俺を貴也くんと呼び始めた。学校でも隠さなかったから、クラスの奴らにも冷やかされたりしたけど、俺らは気にせず付き合った。

――その違和感に気づいたのは、それほど時間が経ってからじゃなかった。

付き合い始めて一ヶ月。

大町は相変わらず可愛い。

……でも、どきどきしない。

その二つは変わらないところだった。そう、きっと最初からそうだったんだ。大町は可愛いと思うけど、だからどうなんだって感じで。可愛い子なら他にもいるし、大町だけが特別なんじゃない。

別に、嫌なとこなんてない。一緒にいて、楽しい。雑貨屋巡りが好きな園子。良くある恋愛映画で大泣きする園子。女子バスケ部員と話してたら嫌だと拗ねる園子。で、園子が他の男と楽しそうに話してても、嫉妬したりしない自分。

そうか。

俺、園子が好きなわけじゃなかったんだ。

それに気づいて、俺は園子に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

やっぱりこのまま付き合ってはいられない、よな。

「ごめん」

「……なんで?」

「俺、今はやっぱり……もっとバスケしたいんだ。デートするのが嫌とかじゃないんだけど、休みの日もバスケ、したくてさ」

ちょっと苦しいかな。でも嘘ではない、し……。

「迷惑なの?」

放課後の教室で、園子は夕焼けの窓を背にしていて。その表情は陰になって見えなかった。でもそれは俺にとって好都合だったかもしれない。

「そうじゃないよ。けど、その、やっぱさ……」

「分かった」

「ごめんな」

「私のこと好きだったら、そんな風に言わないよね」

その言葉はさすがに痛かった。心の奥を見透かされたようで。

園子が泣いていたかどうか、それは分からない。でもそれ以上、俺はどう言えばいいか分からなかった。

「明日から、普通にしてね。大町って呼んで」

「わ、分かった」

「バイバイ!」

そう言うと、園子は鞄を掴んで早足で出ていった。苦しかったけど、悪いことしたなあと思ったけど、でもやっぱり俺は、園子……じゃない、大町が好きなわけじゃなかったと再確認した。だって、それほど胸が痛くない。帰り道には腹減ったなあなんて平気で考えていた。

そうして俺は大町と別れた。しばらくはクラスの噂になったけど、お互いに距離を置きつつ、気にしないようにしてたからすぐに落ち着いた。それに俺はそれどころじゃなかった。

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